bettaiの水彩画

bettai.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2004年 09月 28日

イタリア・ヴェネチア

 S・Mデッラサルーテ教会  
 大運河河口に優雅にたたずむこの教会はヴェネチアン・ヴァロックの最高傑作、1630年二度目のペストが終焉したことに感謝し、元老院は聖堂を造ることを決めた。新鋭建築家B・ロンゲーナの指揮のもと、1687年に完成しサールーテ(健康)の名を冠して聖母マリアに捧げられた。夕暮れ時、対岸からのシルエットはこの上なく美しい。
b0009368_1475933.jpg

同じ教会の絵を姪にプレゼントするために描いた、巻頭にもUPしたが比較するのも面白いかと、ここにも掲載します。('10・11月)
b0009368_172463.jpg


 サン・ジヨルジョ・マッジョレー教会   
 サン・マルコ小広場の対岸に眺められるこの教会はアンドレア・パラーデイオの傑作、この島に続くジュデッカ島にはジテッレ教会、レーデントーレ教会がジュデッカ運河の向こうに並び、いずれもパラーデオの傑作でその眺めは圧巻だ。
b0009368_171079.jpg


 サン・マルコ広場のカフェ・フローリアン
 コーヒーは、17世紀始めに中東からヴェネチアに持ち込まれ、ヨーロッパに広まった。最初のカフェはサン・マルコ広場に開かれ、数年間に数はぐっと増え、1世紀後にはサン・マルコ広場には24のカフェがあったという。 フローリアンは1720年の創業で最古の店であるとのこと。
b0009368_14412274.jpg
 
 ゴンドラ溜まり
 サン・マルコ広場西北の裏に位置したホテルのロビーからの眺め、狭い水路を巧みにゴンドラを操るゴンドリーエ、なれとはいえスイスイと漕ぎ回る様は試練の技、我々もこの溜まりから乗船ヒトトキノの観光気分を楽しんだ。
b0009368_14561273.jpg
 
小運河  
 ヴェネチア中を網の目のように結ぶ水の道、この細い水路は「リオ」とよばれている。
b0009368_745411.jpg


# by Y-Bettai | 2004-09-28 14:06
2004年 09月 23日

イタリア・フィレンチェ

 ’96・’97年 永年憧れていた、イタリアを訪れた。3千年の歴史を誇るだけあり、見るものが凡て素晴らしい。
 荘厳で華やかなサンタ・クローチェ教会、正面脇には詩人ダンテの像、内部にはミケランジェロ、ガリレオ、らフレンチェを代表する偉人の墓がある。
 3つの尖塔をつくる緑と白の大理石のファサードは1853~63年、ニコロ・マタスによって建てられた、19世紀のゴシック様式のよい例といわれる。
b0009368_13364392.jpg

 砂岩を使った19世紀中頃の鐘塔はガエターノ・バッカーニのてによるもので、聖堂のほかの部分ともよく調和している。
b0009368_1348543.jpg

 
 サン・ミニアート・アルモンテ教会   アルノー川の南側の丘に建つ、この聖堂、12~13世紀に完成したファサードは美しく明快な幾何学的デザインで、白と緑の大理石を用いた2層の構成をもつ、下層は優雅で抑制の効いたデザインで、5っの半円アーチをコリント式円柱がささえ、上層はより繊細な手法で飾られ、単純明快な下層と対比させている。ロマネスク様式。
 対岸の’ウッフイツィ美術館3階の回廊からも望める。
b0009368_1492086.jpg


 ドーモ(花の大聖堂)   ナンといってもこの大聖堂は圧巻だ。 描く前に見とれるのみ!!!  日が暮れて間も無くの頃、少しだけ描いてみた・・・・・・
b0009368_1416277.jpg


 ホテルの窓から   ’96年9月 宿は中心街から西北西に位置したところ、ツアーコン氏が変わった部屋があり、面白い眺めが楽しめると、薦められた部屋からの景観。
b0009368_14231177.jpg

左からSt.ロレンッオ教会(プリンチピ礼拝堂)、S・M ノベラ教会、ドーモ(大聖堂)、ジョットの塔

アッシジのサンタ・キアーラ教会   このような絵が描きたくて練習のため模写した絵です。
b0009368_1022944.jpg


# by Y-Bettai | 2004-09-23 13:35
2004年 09月 09日

札幌で

 ’98年11月 甥のM君の結婚式に招かれ、初めて札幌の地をたずねた。
そこで暇を見て北大の構内を訪ねてスケッチした。
 有名なポプラ並木、ここの木々は相当に古く通行禁止の看板が立てられてあった、昨日’04・9・8 台風18号が北海道の東を通過、この並木をなぎ倒して去ったとの報道があり、天災とはいえ残念なことだ、こ絵をアップロードして往時を偲びます。
b0009368_1303733.jpg

 北海道大学 その構内は広く樹木、新旧さまざま歴史を感じさせる建物が建ち並び、格調高く雰囲気のあるキャンパスだ、クラーク博士像の北側に建つ「古河記念講堂」を描いた。
b0009368_13253359.jpg


 泊まったホテル「アーサー札幌」の窓からの風景 TV塔のある手稲山を望む
b0009368_13313637.jpg


# by Y-Bettai | 2004-09-09 12:59
2004年 09月 03日

萩・津和野方面

 平成3年11月28日-30日(1991) 会社慰安旅行で山口・秋吉台、青海島(おおみしま)から萩・津和野を訪れた。
 青海島 東端通い浦から仙崎湾西方を望む、雨上がりの空、微妙な色の変化が印象的でした。
b0009368_13322076.jpg


 幕末、吉田松陰の門下から高杉晋作ほか多くの志士が輩出して、尊皇攘夷、討幕に身を挺して活躍し、明治維新の原動力となった。 ココ江戸屋横丁は藩政時代の町筋、家並みをそのまま残しており、町ぐるみ史跡に指定されている。
b0009368_13481368.jpg

 青木周弼(あおきしゅうすけ) 旧宅正面 
この家は、藩医(西洋内科)で蘭学者であった、青木周弼の旧宅で、安政6年(1859)に建てられたものであるが、あまり改造されておらず当時の様子をよく残している。
b0009368_1402895.jpg

 青木旧宅を通り過ぎて南を(振り返り)眺めた町並み。
b0009368_1454468.jpg

 山陰の小京都といわれる津和野は、島根県と山口県の県境近くに位置するこじんまりした城下町で、津和野川(錦川)の清流が町内を流れ、東に山容の美しい青野山、西に雄大な堡塁をいただく城山が聳え、豊かな自然美に包まれている。 私が尊敬している安野光雅 画伯の生まれ故郷である。
 殿町通り 大橋北詰めより
b0009368_14354337.jpg

大橋より稲成山方面を望む
b0009368_14503657.jpg

 城代家老 多胡家の門 重々しい造りで詰め所、土塀の一部が昔のまま保存されている、屋根は石州瓦、腰は白黒格子模様のなまこ壁である。
b0009368_14581181.jpg

 稲成神社 参道から青野山を望む。
b0009368_1505822.jpg

 JR津和野駅構内(1) 安野画伯も描いていたと構図をまねようと描いたが、帰宅後画集を開いたら、描いた方向が反対だった。
b0009368_1575372.jpg

 JR津和野駅構内(2) そこで安野画伯の絵を模写してみた。プロとアマの違いが判った。
b0009368_2043528.jpg

 安野画伯のオリジナルをスキャナーでコピーしたのをアップロードしてみまし。
b0009368_14245662.jpg


# by Y-Bettai | 2004-09-03 13:31
2004年 08月 29日

阪急沿線の風景

阪急芦屋川駅ホームより山側を望む ’88・11月
b0009368_17473086.jpg

芦屋川の両岸の桜の紅葉がきれいで思わず見とれて絵にしました。写真は’03・11月とったもの。
b0009368_1811279.jpg

阪急御影駅付近 駅北側 ’86年9月 もう二十年近く前まえの風景
b0009368_1861485.jpg

’03年秋 同じ角度から撮影しました。
b0009368_1892977.jpg

更に同駅山側を西に行き御影北小学校少し西へ越えたところ、この絵も先と同じ頃です。
b0009368_182136.jpg


# by Y-Bettai | 2004-08-29 17:56
2004年 08月 19日

淀川河川公園

赤川鉄橋 JR城東貨物線の鉄橋で人も自転車も通れます、ゆくゆくこの貨物線は旅客線になる計画があるとのこと、そのとき利用者は困ることに?
b0009368_1424113.jpg

淀川 大堰 この辺には毎朝、ワン公の「ヨーゼフ」をつれて運動に来る場所、大勢の愛犬家が集まる、散歩人がいないのを確認して、犬を放す、喜んで走り回る、そして時として川へ飛びこむ、犬のストレス解消には最適。川下には阪急千里線、長柄橋、チョツトはなれて東海道本線鉄橋、新御堂筋の新淀川大橋が架かっている。高層建物は梅田のビル群。
b0009368_14383184.jpg

ここに集まる「ワン公」たち (写真)
b0009368_14414695.jpg

淀川大堰 大阪湾より上流10キロの位置にある。大阪市内を流れいる水量調節,水上交通の便を計るため明治29年~41年に掛けて、この位置から大阪湾へ直接放水するため新淀川をつけココに堰が設けられた。(淀川ダム統合管理事務所ホームパージ、他より)
b0009368_14553219.jpg

淀川大堰の夕景 二つ前の絵を加工してみました。
b0009368_1459570.jpg

菅原・城北大橋 左岸城北公園側から対岸淀川区を見た(通称100円橋・通行料が100円)
橋の下は風通しがよく大勢の人が休んでいる、そこでスケッチしたもの。
b0009368_1564846.jpg


# by Y-Bettai | 2004-08-19 15:05
2004年 08月 16日

大阪の春 

大川(古くからの淀川)沿いに桜ノ宮公園が広がる、その名のとうり桜の名所で、造幣局の通り抜けでも知られている。 大阪城を配した眺めは、これぞオオサカ!!
b0009368_11481233.jpg

つづけての絵、橋は国道1号線に架かる「銀橋」と呼ばれる桜ノ宮橋
b0009368_11542289.jpg

更に大阪城を大きく描いた絵,こんなに大きくは見えないのですが描いてしまった。
b0009368_11572631.jpg


# by Y-Bettai | 2004-08-16 11:59
2004年 08月 13日

梅田新道 交叉点

 通称「梅新の交叉点」とよばれ、大阪人なら”アアあそこ”とすぐに思い浮かぶ場所です。
国道1号線の終点であり、2号線の始点でもある。
 北に向かい描いた、正面は「阪急デパート」、その後ろの超高層ビルは「阪急グランドビル」。
右が東京、左が神戸から福岡に通じている。
b0009368_2112547.jpg

阪急百貨店ビルの建替えが決まり、現在(’06年12月)南側の部分は解体されこの絵のような姿は消えた、ブロジェクトのホームページをみると超高層のビルが建つらしい、そのときにこの位置からのスケッチを描きたい。

2009年9月3日 新阪急梅田ビルの低層部分、百貨店がオープンしました,その新風景を2010年の賀状にしましたので、UPしました。 百貨店部分の低層部は旧建物を意識したリバイバルデザインを強く感じました。 (’09・12・30 )
b0009368_11592993.jpg


# by Y-Bettai | 2004-08-13 21:02
2004年 08月 12日

古い大阪駅のスケッチ

 この画は建築家 清水和彌さんの描いたもので、日本建築協会の機関誌「建築と社会」の表紙を飾った。(掲載年は不詳,協会、掲載承認済み)
 3代目の大阪駅で昭和15年完成を前に、戦争で工事中止、未完のままで使われていた。
 大都会の玄関としては、みすぼらしかった。
 
b0009368_22183345.jpg


# by Y-Bettai | 2004-08-12 22:13
2004年 08月 12日

ACTY大阪(JR大阪駅ビル)

 アクティ大阪は1983年(S58年)に当時国鉄大阪駅の大改装と同時に大阪の表玄関として誕生した。ビルの中には、デパート(大丸梅田店)、ホテル(グランヴィア大阪)、レストラン街、総合医療センター、駐車場がありビル全体がひとつの街です。
 20数年経過して新しい駅ビルの建設工事がスタートしています。この絵は南側ですが、反対の北側は面目を一新するでしょう。 ACTYとはActiveとCityをくみあわした合成語で一般公募からえらばれたもの。
b0009368_21294892.jpg
b0009368_21304745.jpg

上の絵は西側から、下は東側から描いたもの。
 2005年(H17)12月JR西日本のホームページに発表された、プロジェクトの全体像を閲覧した、北ビルは地下3階、地上28階、塔屋2階、最高の高さ約150m完成予定2011年春、現在の列車発着ホームの屋根を撤去し、南北連絡通路を設け、その上にドームを架け、通路のプロムナードからは列車の発着が眺められる、楽しさのあふれる空間が出来る、Acty大阪ビルの南側(正面)にも15階のビルを増築する、という雄大な構想、阪急百貨店の建て替え工事とあいまって、梅田の景観は大変身する、2011年の秋が楽しみだ、そのとき私は80才を迎えているのだが・・・・・、機会が有れば同じ位置から描いてみたい。(’07・6月記)
JR西日本・阪急百貨店ホーム・ページからの画像を転載します。
b0009368_16311082.jpg
b0009368_16313377.jpg


# by Y-Bettai | 2004-08-12 21:30