bettaiの水彩画

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2005年 09月 21日

奈良 西大寺

南都七大寺の一つとして100余の伽藍を誇った西大寺、それはもう歴史のかなた、本堂前の塔跡基壇や礎石は、称徳天皇(764~9 孝謙天皇重祚)により「西の大寺」として前史を物語る。
本堂は単層、寄せ棟造り、本瓦ブキで正面と背面に三間の向拝が迫りだす、江戸の文化年間(1804~18)の造営 重文
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墨絵風に描いたもの、参詣しスケッチした日は雨、先の絵の乾きを待つ間に描いた。
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by Y-Bettai | 2005-09-21 10:32
2005年 09月 16日

奈良 東大寺 あちこち

若草山 山頂から大仏殿を望む。 私はこの寺の大らかさが好きだ、大仏殿・二月堂・三月堂・南大門・戒壇院・鐘楼そして転害門どの建物を見ても雄大で気持ちが大らかになる、50年ぶりに若草山に登りこの絵になった。
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大仏殿 世界最大規模の木造建築であるが、度々の戦火にあい現在の建物は寛永2年(1705)に再建され創建当時の三分の二になったとはいえ、高さ47.5㍍、東西57㍍、南北50.5㍍、このとき巨大な材木の調達が難しく柱は寄せ木作り金属ベルトで繋いだ「金輪継ぎ」であるが雄大さは保たれている。
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大仏殿裏 講堂跡 大仏殿の北側一帯、松・楓・杉などの木立のなかに芝生が広がり大きな礎石が整然と並んでいる、兵火をうけて焼失したのち、再建されずにその広々とした遺構だけをつたえている。
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二月堂への裏参道 大仏殿裏から東の山麓にのぼり二月堂への道は両側に塔頭寺院(タッチュウ・僧侶の住まい)や寺出入りの家々の土塀がならび、階段と坂道とを適当にとりまぜ、しかも心にくいカーブを描きながら二月堂へ通じている、絵になる箇所だ、そこで’87年秋・’97年秋に描いた、近年手前の宝珠院の土塀など修理が行われ、樹木が大きく育ち雰囲気が若干変わった。

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2012年9月 NHK学園から第20回生涯学習美術展への作品募集の誘いがあり、4点応募、うち1点「二月堂への裏参道」が「NHK学園賞」を受賞した、それが次の作品です。応募に際し’87秋の様子を思い出しながら描き直した作品です。
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西日に映える二月堂 お水取りで有名なこのお堂、回廊からの眺めは絶品、参詣の人々はしばし欄干越しに景観を楽しむ。
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法華堂(三月堂) 東大寺最古のお堂、本堂と礼堂の2堂からなり、創建は左半分が本堂(740~747)年、左の礼堂(らいどう)は1199年(正治1年)の増築だが天平と鎌倉時代の様式が破綻なく静寂な調和をみせている。
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鐘楼 13世紀の初頭、栄西が建立、方1間、四方吹き放しの簡単な建物だが、大きな鐘をつるために独特の創意が見られる、軸組みは四隅の柱とそれを組み固める地貫・内法貫・頭貫があって、このほかに四面とも隅柱の内側に中柱を2本立て、飛貫を通している。2本の大虹梁が飛貫上にのり、さらにその上に1本の大虹梁が直交して、これに鐘が吊られている。太い円形断面の虹梁並びに貫を自由に駆使した架構は力強く、大仏様の利点を充分にいかしている。(学会 日本建築史図集より) 梵鐘は東大寺創建当初に鋳造されたもの。国宝
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転害門 東大寺西面大垣の北門、天平宝字6年(762)の造営と伝えられ創建以来の建物、鎮守手向け山八幡宮での転害会(テガイエ)がここをお旅所としたことからその名がある。
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by Y-Bettai | 2005-09-16 15:06